3.病魔との闘い

入院した時の真紀ちゃんの状態は思った以上に不良であった。

栄養不良も加わった低蛋白血症や循環不全による浮腫、白血球減少による感染症の発熱、血小板減少による点状出血斑などの出血傾向、主に貧血によると考えられる顔色不良と全身倦怠が認められた。

そして、真紀ちゃんの病状悪化による精神的な落ち込みが私達に暗くのしかかってくる。

何とかしてもう一度退院させたい、少なくとも彼女の将来への希望の架け橋である高校受験をかなえさせてあげたい、いや、それだけは何としてでも実現せねばと思った。

入院するなり、真紀ちゃんの最も嫌いなものの一つである点滴を開始する。

濃厚赤血球や血小板の輸血も施行する。

点滴する時に真紀ちゃんは質問する。

「先生、なぜ、点滴するのですか?」「真紀ちゃんが食欲がなく、元気がないからだよ。食べる元気が出ればすぐに点滴をやめようね。」と私は答えた。

「じゃあ、食べるようになれば点滴は抜くんですね。先生。」彼女はそう確認した。

「そうだよ、真紀ちゃん。ちゃんと食べるようになればね。真紀ちゃん、今、頑張りどころだからね。ファイト、ファイト。」

今にも泣き出しそうな顔をして彼女は小さく頷く。

「そうだ、明日から個室に移ろうか。お母さんに付き添ってもらえばどう?」と私は提案した。

今回の入院時の真紀ちゃんのあの泣きじゃくり方からして、その方が彼女は安心すると思った。

いつもの真紀ちゃんならば、お兄さんのことを心配してきっと首を横に振ったに違いなかった。

しかし、今度はそうではなかった。

「そうして下さい。」と下を向いて答えた。

翌日、個室の508号室に転室する。

輸血の効果もあってか、全身の浮腫は昨日よりも軽減する。

朝から、食事も彼女なりにがんばって摂取しようと努力している。

「栄養状態が悪いのは食事が偏っているせいだと先生に言われたから、頑張って少しでも食べないと。」と看護婦に話したそうだ。

しかし、口腔粘膜に口内炎もあり、食は今一つ進まない。

この日から母親の付き添いが始まる。

真紀ちゃんの母親は、物静かで落ち着いた印象を私達に与え、中学3年生の真紀ちゃんに一人の自立した人間として対応するが、一方では私が真紀ちゃんの病状を説明した後、涙で濡れた顔をハンカチで拭った後に充血した目を隠そうともせず、そのまま真紀ちゃんにさらけ出し、時には真紀ちゃんの前でハンカチを取り出すことさえあった。

また、限りある命の真紀ちゃんの為に、母としてどうしてあげるべきかを絶えず考えていると言っていた。

場合によっては、私のある治療の提案を拒否することもあった。

「その治療は真紀を納得させることはできません。」とか、「その治療はここまで来てしまった真紀の命を幾日かは生き長らえることはできるかもしれませんが、それが真紀にとって一体どういう意味があるんでしょうか。」というように新たな治療方法に率直に疑問を投げ掛けることもあった。

母親の付き添い第一日目は、夜に比較的止血の悪い鼻出血が認められたが、その他には大きなトラブルはなかった。

その後の真紀ちゃんは熱は微熱程度で、全身状態はやや改善してくる。

ただ、口内炎で相変わらず苦しめられた。

彼女なりに懸命に食べようとするが、口内炎の部分に歯が当たり、痛くてなかなか思うようには食べられない。

濃厚赤血球や血小板の輸血も依然として継続せざるを得なかったが、次第に回数が少なくなった。

入院して一週間目からはほとんど発熱も見られず、しばしば可愛らしい笑顔を見せるようになった。

この頃から一週間は最も状態は安定していた。

点滴こそ繋がれていたが、私達と雑談をした後は受験勉強に励む姿が夜遅くまで見られた。

その時の真紀ちゃんは目が輝いていた。

このままの状態ならば受験可能に見えた。

真紀ちゃんに点滴の抜去が間近いことを告げると、歯並びのいい白い歯を見せて微笑み返してくれた。

しかし、その翌日の2月13日の朝から激しい胸痛を訴えた。

さらに発熱した。

再び腫瘍細胞が頭をもたげてきたのである。

血液検査所見からもそれが裏付けられる。

私立高校の入試を5日後に控えて、真紀ちゃんの顔が暗くなった。

部屋を訪れるたびに、涙を流す。

「入試までには胸の痛みはきっと無くなってるよ。」と励ますも、笑顔は見せてくれなかった。

その晩、父親に真紀ちゃんの今の状態を説明する。

父親は髪には白いものが目立ち、顔の頬や額にわずかな皺が刻まれようとしていた。

話し方は丁寧な口調で、勤勉で人の良さそうな印象を与えた。

悪性の細胞が真紀ちゃんの身体を更に巣食ってきたことをCTなどの画像写真と血液検査結果を見せながら説明した。

それだけに2月18日の私立高校と本命の2月23日の公立高校の受験はいずれも困難になってきたことを告げた。

父親は眼鏡の奥の優しい目に涙を貯え、両手に握りこぶしを作って、それに力を入れ込む。

腕が小刻みに揺れるのが伝わってくる。

唇も震える。

なんとか受験できる手立ては無いのかと訴えているように。

悪性細胞が憎い。

2月14日昨日の鎖骨下の前胸部の痛みは消失した。

一日遅れだったが点滴を抜く。

とたんに真紀ちゃんは明るくなり再びあの微笑みを見せてくれる。

可愛いい。

2月15日 微熱こそあるが、全身状態は一見改善したように見える。

真紀ちゃんの表情がさらに明るくなる。

相変わらず、受験勉強に励んでいる。

真紀ちゃんは髪を洗って欲しいと言ったが、38度近くの熱があるとの理由で大事をとって許可しなかった。

私も入試に対して敏感になり過ぎたのかもしれなかった。

「2月18日が私立高校の入試だから、2月17日には家に帰りたい。」と看護婦に言ったそうである。

昨日と今日の症状は落ち着いてはいるものの、今日の検査所見から、今後の病状の悪化が予想される。

心配だ。

2月16日 皮肉にもその心配が当たった。

早過ぎる。

早朝から激しく腹痛を訴える。

しかも顔色が蒼白だ。

血圧が70まで下がり、脈拍も速い。

出血性ショックだ。

真紀ちゃんは腹部を押さえうずくまる。

前回のCT所見から膵臓を含めた腹部への転移部位から腹腔内への出血が最も疑わしい。

直ちに点滴を再開し、輸血を開始。

痛み止めも使う。

蒼白な唇が少しばかり色付いた時に、真紀ちゃんは質問した。

「先生、18日の試験は受けられますか。」と。

「うん。」と頷く。

それも力なく。

「先生、熱も出てくるような気がする。」真紀ちゃんは不安そう。

症状は一旦は落ち着いたものの、夕方になって再び腹痛と嘔吐、さらに呼吸苦を訴える。

鎮痛剤と輸血は続行する。

急変しそうな状態である。

今日は病院に泊まろう。

かなり出血したらしく、腹部が張り出してくる。

痛みが落ち着いた真紀ちゃんが質問する。

「輸血するとお腹がパンパンになっているのはとれるんですか。」と。

「輸血するととれるわけじゃないけど、その膨れているお腹のいくらかはウンチのせいだから、そのうちに前みたいに戻るよ。」と返答する。

事態は深刻だ。

深夜近くに父親と話しをする。

腹部の転移部位から大量に出血しているのは間違いないことと、2日後の私立高校の入試は無理でしょうと。

父親はそれでも受験させたいらしく、結局受験については、明日の状態を見てからと真紀ちゃんの希望を聞いた上で決定することにする。

2月17日0時30分に点滴の刺し替え。

針刺しをするのに適当な血管が残り少ない。

細い血管や曲がりくねった血管ばかりだ。

どの血管にしようか迷っていると、真紀ちゃんは「看護婦さんを呼びましょうか。」とナースコールのボタンを押そうとする。

目が優しい。

「呼ばなくてもいいよ。」と返事。

まもなく刺し替え成功。

輸血を続行する。

血圧も正常近くに上昇してきた。

排尿も十分だ。

やや頻脈気味だが、症状は落ち着いてきそうな感じ。

腹部はいかに出血が多かったかを物語っているかのようで、光沢を帯びるほどに膨満している。

真紀ちゃんがパジャマの上からお腹をさすりながら問う。

「ウンチが出れば、お腹の張りはなおりますか。これはみんなウンチなんですか。」と。

「全部がウンチっていうわけじゃなくて、そうだな-、半分くらいはウンチだよ。だからウンチが出れば半分くらいはへっこんで、もとどおり近くになる筈だよ。」と返事す。

この日は2回痛み止めの注射をする。

両親との話し合いで明日の私立高校の入試は受験させないことになった。

真紀ちゃんにとっては、すべり止め用の高校であったらしく、彼女は意外にさばさばしていたが、その分だけ2月23日の公立高校への入学受験が、私には重くのしかかってきた。

真紀ちゃんは「2月23日が受験だから、2月20日には自宅に帰れますか。」と問う。

「うーん、2月20日は帰れないかもしれないよ。」私ははっきりと言うと、涙を流し始めた。

「このお腹の半分がウンチなんだったら、どうして浣腸してくれないのですか。」と責めるような口調で問う。

浣腸すれば再び腹腔内や腸管への出血が心配だからとは正直には言えないことがもどかしく、それだけに説得力のある説明ができなかった。

「浣腸しなくても、そのうちにウンチが出るから、真紀ちゃんは心配しなくてもいいよ。」と答えた。

2月18日。

本来ならば真紀ちゃんは私立高校の受験場にいる筈なのだが、小児科病棟のベッドに横たわっている。

2月23日は真紀ちゃんは果たして受験できるだろうかと不安になった。

小児外科のN先生たちと話し合う。

なんとか病院のベッドで受験できないかを実現させようということになった。

そんなことが可能だろうか。

でもやってみよう。

受験に燃えている真紀ちゃんは動くとお腹に出血する恐れがあるのだから、この状態を訴えれば何とかなるかもしれない。

真紀ちゃんもそして、みんなが安心して真紀ちゃんを受験させるには病院受験しかない。

やってみよう。

ファイトがわいてきた。

病院の医療相談室のF先生に事情を話す。

病院受験ができるように快く協力を受けてもらう。

F先生は早速、私の前で市の教育委員会や受験するA高校の校長先生に精力的に電話をする。

胸がジーンとしてくる。

F先生の協力が嬉しかった。

しかし、電話では話しは進展しないらしく、結局高校の校長に私との面談を申し入れ、その日のうちに、私と父親がA高校に行くことになった。