1.最後の入院

真紀ちゃん、ここではそう呼ぼう。

2年5カ月の間、そう呼んだのだから。

1月27日に退院したばかりで、高校入試を間近に控えた中学3年生である。

2月1日、真紀ちゃんは母親に付き添われ、午後に受診した。

前回の退院の後、2日して鼻出血を見るようになり、また発熱も出現した。

母親が食欲も全くないと言う。その日になって下肢が浮腫っぽくなった。

真紀ちゃんは下を向いたままで、私の問いに対してただ頷くか、首を横に振るだけである。

涙が真紀ちゃんの膝に落ちる。

予定では火曜日である明日の午後の私の血液腫瘍外来に受診する筈であった。

もともと我慢強い真紀ちゃんが明日を待ちきれずに受診したことから、よっぽど苦痛であるに違いない。

真紀ちゃんは入院するように告げられるのを覚悟していたのだろうか。

しかし、「真紀ちゃん、入試も近いし、状態をよくしてから元気に受験できるように、今日これから入院しよう。」と私が言うと、堰を切ったように診察室の外の廊下にも響き渡るほどの声を上げて泣き出した。

真紀ちゃんの座っている車椅子も小刻みに揺れる。

車椅子の後方に立っている母親も目をわずかに充血させ、ハンカチを取り出した。

そのうちに真紀ちゃんはすすり泣くような嗚咽に変わる。

涙で濡らした顔を私に向け、ようやく口を開いた。

「先生、本当に良くなるんですか。高校入試は受験できるんですか。足の痛みやお腹の痛みは絶対よくなるんですか。」涙を貯えた彼女の目が私に鋭く迫った。

『先生、入院すれば私の病気は絶対に良くなりますと断言して下さい』と言わんばかりに。

私はその問いに対して自信は無かったが、小さく首を縦に動かした。

「真紀ちゃん、良くなると思うよ。受験も大丈夫だよ。」

「絶対ですね。」と念を押す。

私の目をしっかり見据えて。

入院することを了承した真紀ちゃんの車椅子を小児科の病棟である5階東病棟まで、押して行く。

エレベータの中でも下を向いたまま、膝に涙を落としている。

大部屋の503号室に入るや、外来で泣いたのと同程度に声をあげて泣いた。

私も係りのナースも真紀ちゃんの激しい泣き声に圧倒された。

これまでの、どの入院の時でさえ、これほどまでに泣きじゃくったことはなかったのに…………。

そして、真紀ちゃんは車椅子からベッドになかなか移ろうとはしなかった。